みにそらりのゴルディロ(画廊のとなり)

画廊のとなりに住んでいる僕が、知りたいこと、知っておどろいたこと、知ってることをいろいろまとめたり、メモしたり、紹介したりするブログです。

人生は旅に度々例えられるけれど、ぼくの旅はどうしたら素敵な旅になるのか

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人生は旅に度々例えられるけれど

ぼくは今更ミニマリズムに興味がある。独身の頃はどれだけ少ないもので生活できるかを最優先に生きていたし、それってとってもスマートだと思っていた。それに、贅沢は敵、と目の敵のようにもしていた。

ある種とても頑なな人生観の持ち主だ。その時のぼくならザックひとつでどこにでも行っただろうし、行けただろうと思う。

その実ぼくは必要以上にものを持つことを恐れてもいたんだと思う。必要以上にものにこだわりを持っていたし、選ぶ時にしつこいくらいに調べていたのも、その表れだったんだと思う。

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爆発した物欲

ぼくは就職して、「なにをしてるんだろう」とずっと思っていた。「こんなはずじゃない」とか、そんなことも考えていたけど、「社会人てこんなもんかよ…がっかりしたなあ」とも思っていたんだと思う。毎月たくさんの服を買った。独身はもう最強だった。

普通に収入がある割には家賃は激安。会社にはチャリでダッシュをかければ7分で着く好立地に住んでいたぼくは仕事を引き受けまくってがむしゃらに残業をして、溜め込んだ残業代とストレスをショッピングに使いまくった。幸せだった。時間差で虚しくなった。部屋には服がたくさん。片付けても片付かない。

それもそのはず、収納のキャパシティーを超えた着もしない私服は最高で最悪だった。

飲み屋に入り浸った

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服でいっぱいになった部屋を見たくなくなったぼくは飲み屋に入り浸った。立派なクズの出来上がりだ。でも、そこで出会ったたくさんの価値観に今はとても救われている。特にそこで出会った同い年の美容師は正直職人気質すぎて頭おかしいなあと笑っちゃうくらいだけど、すごい尊敬している。一人でも生きていけるように特化した人間の強さを目の当たりにすると笑ってしまいたくなるんだと思った。

あと、これはホント最近気づいたんだけれど、一人でいると鬱屈した感じになる自分から逃れたくて、陽気になる感じを優先しまくっていたんだなあ、と思う。つまり、僕は暗い自分がひどく嫌いなんだけど、その暗い自分が出てくるトリガーをよくわかっていないんだろう。

 3.11を契機になんとなく無駄が嫌になる

地震で冷蔵庫が部屋の真ん中まで滑ってきていて、意外と便利でしばらくそのまま使っていた。寂しさとストレスで頭がおかしくなる。

結婚した

いろいろすっ飛ばすが、一目惚れして結婚した。勢いだったのかもしれないが、そうでもなければあんなに大胆には動けなかったようにも思う。ぼくはただ自信がなくて逃げまくるしか能のないヘタレだった。社会人の大事な最初の時間を消費しまくったぼくはそのあととっても後悔することになるが、それは信用や評判の類なのでいくらでも挽回してやろう。ただ、失った時間の多さには膝をつく思いだ。

ブログやミニマリズム

ブログをやり始めて数年、マキシマリズム的な収納術からミニマリズムがテレビで取り扱われ、すっきりとしたスタイリッシュな生活にスポットが当たるようになった。

iroiroshiritai.hatenablog.com

世間やブログ界隈ではいろいろ言われたが、ネット上に1ジャンルを築く程度のムーブメントを起こした。そこでぼくに「あのすっきりした部屋を取り戻したい」と言う思いが帰来した。6畳1間の西日の挿すワンルーム。ベッドとテーブルとPCしかない。クローゼットには必要な服が揃っているだけの質素な部屋だった。あの部屋は今にして思えば最高な部屋だったんだろうと思える。 

www.yamatomichi.com

山旅を続けていくと、街にいる日常と山にいる日常が逆転する瞬間が訪れます。山が日常となり、街にいることが非日常と変わる。お金はただの紙切れとなり、背負る物だけの限られた道具で生活し、歩き続ける。

多くの物を求めればその分背負う物は大きく、重たくなり、歩き続けることは困難となっていく。
反対に必要なものを見つめ直し、持てる物を少なく、小さくしていけば、歩く事は軽く快適となり幸福へと繋がっていく。それは人生を快適に歩き続ける為の知恵にも繋がっていくのではないかと思うのです。

街に長く住んでいると、どこか社会という脅迫概念に縛られしまう事があります。お金をたくさん稼がないといけない。物をたくさん持たなくてはならない。見栄え良く生きていかなくてはならない。そうでないといけない…etc。山旅で得られる経験はそれらの不安を少し、時には大きく消し去ります。もちろん生きていく為にはある「程度」のお金や物は必要になるのは間違いないのですが、その漠然としたある「程度」の基準が明確になります。この本はそんな山旅のリアルな日記なのです。

とんがった人生が大事なのかなあ

「とんがった」というと、周りに流されない、とかそういう迎合しない突出したなにかの特別さをイメージするけど。人生においてそういうとんがった部分が必要かどうかはちょっとわからない。自分がすき、と思えることに指先一つ掛けて生活できれば嬉しいな、とも思うが、「周りに不機嫌な人がいない」という事だけでも良いものなのかもしれない。

 

少し自分の人生を振り返ったような記事になりました。役に立つこと役に立つこと、と呪文のように唱える日々だけれど、すこしの時間つぶしになる、ということも役に立っているに入っていいかもしれない。

最後まで読んでくれてありがとうございました。