みにそらりのゴルディロ(画廊のとなり)

画廊のとなりに住んでいる僕が、知りたいこと、知っておどろいたこと、知ってることをいろいろまとめたり、メモしたり、紹介したりするブログです。

僕はいつまで雇われ続けられるつもりでいるのか

どこかに所属して任された仕事をする限りは収入は安定することになる。

でも個人店居酒屋で飲むたびにこう思う。

この人たちは自分より収入は安定してはいないに違いないけど、自分の裁量で稼いで家を買ったり、オーナーから独立したりしている。自分よりよっぽど個人でできることは多いんではないか?と思うことがある。

組織がなければただの猿か?

電気がなければただの猿、じゃないが、組織がなければただの三十路過ぎたおじさんに違いないし、すぐ目の前の人のためにできる仕事を生み出せない人は普通にいる。なんでも自己責任の時代なので、もう組織に寄りかかってるような歳でもないだろ、そんなこと今更言うなよ、と言う人はもちろんいるだろう。

でも、そういう論調を見ていると、普通に大学を出て、普通に就職して、普通に定年まで働けない時代になってしまったのだなあと思う(もちろんそれが理想とか言うつもりはない)。

むしろ定年まで45年、もしかしたら55年になるかもしれない。そんな長期を組織の中で地縛霊みたいになって何がいいの?という人だっているかもしれないが、そういう選択をバカにするような風潮も結構きついよなあ、と個人的には思う。そこから外れればアウトなのは確かにやばいが、今はそんなこともない。むしろ転職礼賛な世の中だ。それならなおさら定年まで勤め上げる人をディスる必要もないだろう、そう言う道もあるんだろうな、と許容もできないの?と。

 

でも組織って組織を存続させるためには簡単に人をきったりする

雇われることはもしかすると使用者に時間を搾取されているなんていやな言い方もできるのかもしれない。そういう視点を持つようになったのは、「小商い」や「ナリワイ」という本を読んで影響を受けたからだと思う。

 

ナリワイをつくる: 人生を盗まれない働き方 (ちくま文庫)

ナリワイをつくる: 人生を盗まれない働き方 (ちくま文庫)

 

 

ミーハーなので、けっこーこういうのに影響受ける自分に笑うけど。この100年で実物に触れた仕事はかなり多様性を失ってしまったのではないかと思わせられる数字が出ているのは面白い。

というのも今でこそ一つの組織に所属して一つの仕事をずっとやるという生活は常識になっていますが、歴史的に見たらそうでもなく、今の働き方は歴史上ある意味異常なものです。せいぜい100年前は、色んな仕事をして生計を立てている人が大半でした。
で、なんで今みたいになったかというと、高度経済成長期に、日本は国が一つの株式会社のように経済成長のためにいろんな生業をしていたなかで、雑多な生業を切り捨てて、国として儲かる産業に人を集中させた(田舎から列車に乗って都市へ集団就職した、という映像とかはこれ)からです。
ここでめちゃめちゃ仕事の多様性を減らしたわけです。で、繊維とか車とか工業製品をつくりまくった。
どれだけ仕事の多様性が減ったかというと、大正9年の国勢調査で国民から申告された職業は約3万5000種、現在の厚生労働省の「日本標準職業分類」によれば、今は2167職種。
わずか100年ぐらい前にはかなり仕事の多様性があって、日本人はそれぞれの適性に合わせて生計を立ててました。季節ごとに3つぐらい仕事をしていた人は珍しくないはずです。
その多様性を切り捨てて仕事を専業にして絞り込んで頑張って経済成長してきたのですが、専業化しすぎて生活がおろそかになりました。
言い換えると生活と仕事が乖離してしまったわけです。仕事ばっかりして、自分の生活がサービスに依存しすぎている、ということです。
今流行のライフワークバランス、という言葉自体が端的に生活と仕事が乖離していることを表している。

 

もちろんなくなった仕事の中には、洗濯機や冷蔵庫、パソコンなどの機械の普及で生活の利便性をあげた結果消えたとも考えられるけど、メーカーや百円ショップがシェアを獲得して道具を作る街場の職人が淘汰されてしまったりしたことは想像に難くない。

 

logmi.jp

 

AIが仕事を奪う日もそう遠くないと言われているけど、もっと気にすべきは解雇規制がゆるくなるってことだ。十中八九この流れは断ち切れない。雇っている側は生産性を盾に人件費を削る時代を作ろうとしている。確実に進んでいるのは仕事を作る側に対しての罰則規定を国が整備しないからだ。それより前に、正当な理由を持ってきることにする未来が近い。大事なのは生産性をあげることというより、これからできる仕事を見つけて動くことだと思った。雇われて勤め先に最適化されていくより、自分の楽しめることに手をつけて、組織以外でも動ける力を身に付けたいと思った。

 

blog.craftz.dog

 

唐突だけど、こどもを大事にして生きていくのは最大でも22年だ。あと大事にできるのは奥さんと自分だ。そのために何ができるのか、AIで何かをするか、するとすればAIとなにをするのか、AIとどうすれば仕事ができるのか、それを考えながら楽しいことをしよう。そして、それを奥さんとできればなおのこと楽しそうだな、と思っている。まあ無理だろうが。


iroiroshiritai.hatenablog.com

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