画廊のとなり

画廊のとなりに住んでいる僕が、知りたいこと、知っておどろいたこと、知ってることをいろいろまとめていくブログ。

意外と「死ぬ」なんてこと、考えたこともなかったな

 ここのところ原因不明の頭痛に悩まされている。いろんなことに時間を取られ捲っていて、考えるチカラが奪われたままになっている。ミスも多い。余裕もない。そんな状態が続いてるせいか、働くことがちょっとつらいな、と思ってこんなエントリも書いていた。

iroiroshiritai.hatenablog.com

 でも、つらいつらいと言いながら、意外といつまでも働ける体でいることを前提に書いている事に気づいて、いま、意外と「死ぬ」なんて考えた事なかったんだと気づいた。

倒れてから退院してきた親父もみてきたし、親父が言ってたことを思い出したりしたけど、そのたび僕は「死ぬ」なんてこと、さらっと「いつかみんな死ぬんだよな」と胸の中で口走っても、本当に「死ぬ」なんて考えようともしてなかったことに気づいた。

死ぬかも

ここのところ原因不明の頭痛に悩まされていた。その答えがいきなり斜め後ろから降ってきたかもしれない。そう、まだ「かもしれない」段階なのだけど、ナントカカントカ(ここに書くのはやめた)という治療法のない遺伝性の病気の症状と酷似している。

なんでそんな病気の名前が出てきたのかというと、親戚が遺伝子検査を受けて、その病気だと言われたのがきっかけだ。平たく言うとバンバン脳内出血して死ぬ病気だ(たぶんちがうが、脳血管系の病気だと思ってくれ)。遺伝の確率は50%、コイントスのような条件が揃ってしまった。

ただそれだけで、「死ぬかも」ってだけで怖い。すげえ怖い。正直こんな事ブログで書いたところでなんにもならないけど、自分が得体の知れない病気にかかっているかも知れなくて「いつか死ぬ」って当たり前の事をチラつかされただけで、こんなに動揺するもんなのか、ということにとても動揺している。落ち着くためにいろんな人にこぼしてみたけど、笑えるしなんだか泣けてくる。どうやっても考えがまとまらない。疲れのせいかもしれないけど、夜中に急に目が覚めて泣けてくる。とにかく、まとめたくて、自分のいまを客観視(あとでもいいから)できるように記録しておこうと思って書いている。

僕は誰かに「⚪︎⚪︎は素晴らしい」と言えるだろうか

そんな動揺中の僕に舞い込んできた糸井重里の「今日のダーリン」が飛び込んできた。

ちょっと遠いラーメン屋に行くことにした。
遠いといっても地下鉄で15分くらい、
駅から歩いて5分くらいの距離だ。
12時前に着いたのだけれど、もう行列ができていて、
この店のラーメンはていねいにつくるものだから、
けっこうな時間待つことになりそうだった。
列に並んでいる間、ツイッターをながめていたら、
「燃え殻」さんが「佐々木俊尚」さんのツイートを
きっかけにして読んだ文章に、強く打たれていたようだ。
記されていたので、そのまますっとリンクをたどった。
ラーメンを食べようと並んでいる行列のなかで、
これを読みはじめたのも、それはそれでしょうがない。
 
ただ、最初に読んだ「最後の狩猟」という文章は、
どこをとっても素晴しくて、姿勢を正したくなった。

※先に言っておくけど、リンクの先はショッキングな画像もあるから、血とか苦手な人はみないほうがいい。

blogs.yahoo.co.jp

これを読んでどんな感想を抱くかどうかなんて、「人それぞれ」というやつだし、これを読んだからといって「死ぬ」なんてことがいきなり身近になるわけでもない。でもいまの僕には刺さってしまった。

狩猟は素晴らしい、価値観を広げ、人生を豊かにしてくれた。

 

 僕は誰かに「これは素晴らしいよ、価値観が広がったし、僕の人生を間違いなく豊かにしてくれたよ」と娘に耳うちできるものを持っているだろうか?

人生の価値、なんてとても軽い書き方をしてしまうけど。自分が「豊かになった」と衝撃を与えてくれたできごと、ものごとを自覚していたい、そう思った。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。ちょっと重たいな。違うよってなったらサギだよなあ…。でも、「かもしれない」で僕はこれだけ動揺する人間なんだぞ、忘れるなよ、なんて自戒を込めて。